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2から3、3から4へ、一歩一歩確実に努力が実を結ぶ塾です。明聖塾 新居浜教室

電話でのお問い合わせはTEL.0897-46-6660

〒792-0888 愛媛県新居浜市田の上1丁目15-43

教室のコンセプト

明聖塾 新居浜教室の特長


当教室では、

教室でも、家庭でも、同じように勉強できる環境づくり

を提案しています。


 「塾ではまぁ、皆が勉強しているから何となく分かるけど、
  家でもホントに勉強できるの?!」



そうお思いでしょう。
果たして本当にできるものなのでしょうか…?



実は、できるんです。


その秘密は、入塾時にお渡しする
「太古の記憶」というCDがカギとなります。
このCDの詳細はこちらをチェックしていただくとして……)



このCDは音楽CDなのですが、その効果を簡単に表すと、

 ”集中できる

という一言に尽きます。


しかし、集中といっても、「どういうこと?」と思いますよね。



では、皆さんに質問です。
どういう状況なら集中ができますか?


心(精神)が安定していないと集中は難しいものですよね。
つまり、不安がない状態です。


さらにいえば、リラックスした状態。
ですから、場合によっては眠たくなることもありますが、
それだけ緊張がほぐれている証拠でもあります。


また、子供の頃、寝食を忘れ、好きな事に没頭してしまい、
気が付くと夜だった、という経験はありませんか?


それがリラックスしながら集中した状態です。
退屈な仕事は疲れるけど、好きなことなら何時間やっても疲れない、
というのがそれです。


そのような環境を常に提供できるのが明聖塾 新居浜教室の最大の特長です。



その結果どうなるか


1%以上の上澄みができます。
テストの得点でいえば1点でしょうか。

しかし、これはもの凄いことです。
30点の生徒が31点にもなりますし、99点の生徒が100点にもなります。

この凄さは面談時にお話しします。

努力の延長上に成果があるのだとして、あと1点が遠いという経験は、頑張っている人なら誰しも経験があるでしょう。当たり前です。トップの周りでは、努力していない人なんていませんから。

どんな状態でも1点が上がるというのは、途轍もないことです。


そして地頭(ぢあたま)を良くするための勉強法として速聴を導入しています。これも実際面談時に体験してもらい、メカニズムを含めて納得して頂ければと思います。


最後に、環境を良くする、
地頭を良くするほかに今年度から、本格的に頭の栄養を取り入れてもらう作業も増やします。このことも面談時にお話しさせていただきます。



現在の教室の生徒への指導について


現在の生徒の大半は学校の成績が上位に入っているわけではありません。しかし、勉強方法というのは、成績上位生向けの方法をとっています。なぜ成績上位生向けの勉強方法をあえて取り入れているのか?

ここは大事なことですので、きちんと説明したいと思います。

まず、そもそも、何のために勉強するのかという問いに対して、明確に答えを持っている生徒は少ないはずです。もし、明確な答えがあるのなら、成績は良いはずだし、成績が悪かったとしても、その進路先にむけての努力はしているはずですから、問題はないはずです。

勉強を”準備”、”努力”という言葉に置き換えてみると話はもっと深くなります。つまり、努力や準備をしたところで成功(学生の場合は志望校に合格という所でしょうか)は約束されていません。

あるのは
成長だけです。
経験を積むという言葉に置き換えてもいい。

いいたいことは、結局自分の人生のためにやるということ、それを生かすも殺すも自分の心ひとつということです。何でも答えがそこに、簡単に見つかるというのではなく、自分の手で見つけていかなければ、実は成長しないのです。自分で自分を客観視して、自分のペースでいいから、わからないこと、知らないことを理解していく。それも失敗を通じて。この作業は、
成績下位生には本当は難しいものです。なぜなら、簡単に自分で壁を作ってしまうから。そして、一番先に答えを欲しがるのも成績下位生が多いです。

因みに、成績上位生は答えを欲しがるのではなく、
答えを導き出すプロセスを知りたがるため、まずは自分で考えるのです。突き詰めれば、成績上位生の勉強法はあくまでも正当な方法を踏襲することとなりますが、そこで培われる精神は、なんとなく起業家向けの精神に似ているように思われます。そのことについても面談時に詳しい説明をしたいと思います。

しかし、やる気が起こりにくい状況での指導は講師も根気がいる作業です。

では、根気がいる作業にもかかわらず、なぜそれを続けるのか、つまり、成績上位生の指導方法をするのか。誤解を恐れずにいえば、ゆとり教育の弊害といわれ、マイナスの問題点として指摘された何でも生徒の自主性に任していいものだろうか?


少し切り口を変えて考えてみましょう。

まずは学問という観点から考えてみましょう。学問というのは学ぶという字と問うという字が一緒になったものですが、ほとんどの場合、学ぶということだけで終わってしまう場合がほとんどではないでしょうか。かくいう私も、学生時代、本当の意味で問うということをしていたのか甚だ疑問です。


ところで、
問うという行為は何を意味するのか?

問うというのは、簡単に答えを聞くということではなく、
半分以上答えを自分の中であらかじめ導き出している問題に対し、選択を行う行為のことだと思います。つまり、漠然とした質問には答えられないし、そのようなものは意味がないのです。これは小林秀雄先生も、学生からの問いに対してそのように答えていました。

これは例えていうと「僕の人生はどのように切り開けばいいのでしょうか」等の類です。しかし、そのような質問を多くの場面で見ることができます。本当の意味で、自分にとっての問題として考えていないのかもしれません。

答えというものは初めから用意されているのではなく、その問題を紐解いていく過程で徐々にあらわれていくものだとすれば、
問題を解いている段階ではわからないというのが答えです。

であるのなら、いろんな問いを考えてもいいし、意味付けをしてもかまわないのですが、
時間が有限なものである以上、答えを導き出せないものに時間をかけることは、正直もったいない気がします。

〜走りださなきゃはじまらない、そんなペースじゃ意味がない〜

とあるロックバンドは歌っていましたが、まさにその通りです。

何でもそうですが、やりながらでないと分からない。普段の生活では、ルーティンワークになりがちなことでも、一歩自分の内面を覗いてみると一歩先は闇っていうのはよくあることです。
未来は確定的に決まっているものかもしれませんが、今を生きているものとしてはわからないのです。

わからないから怖いのか、それともわからないから面白いのか。それはその人の心ひとつです。しかし、わからないことは悪いことではなく、
わからないことに一歩一歩歩み寄ることしか出来ない、近道はないということをきちんと理解すること。

このことだけは避けて通ることはできないのです。

ドラえもんはいません。スーパーマンもいません。魔法使いもいません。

安易にすぐできるというのは、裏を返せばすぐに出来なくなることがほとんどです。
付け焼刃なものに、砂上の楼閣では、結局一喜一憂するだけで、本当の力には到底なりえません。


明聖塾では、まずは自分の力で考え、悩んで、克服して、それを成長に繋げてほしいのです。

この自主性の問題については、ユーチューブ等に動画があります、ラグビーの強豪校である東福岡高校と筑紫高校、スパルタvs自主という様に検索してみて下さい。見て頂ければ、分かります。



指導のその先


しかし、実際には、子供たちに与えられているものは、きちんと答えのある問題をきちんと解いていく力を身に着けさせることです。どんなに難しい問題でも、大学入試までの問題は答えが用意されているのです。

あとはどのようにして、その問題を解いていくのか?

最短コースや効率よく記憶をして与えられた課題をこなす。学校や塾で行われている勉強はこのことを指します。そして、そのことを否定するつもりもありませんし、必要なことであると思います。

まずは与えられた問題を解き答えを導き出す。


しかし……、


今までの、大人になるために必要な、子供たちに求められる力はこの事だけでよかったのですが…。


2020年教育改革という内容を目にした方も多いと思います。
これからどのような教育が行われていくのか。大学入試だけを見れば、英語の科目が難しくなりそうということと、国語、数学に論述問題が加わることはわかっています。

もちろん、例えば、指導をする先生が小学校の英語をどうするのか、考える授業はそもそも一コマの授業で完結するものなのか、数値化してきちんと得点ができるのか?

まだまだ問題や山積みなように思われますが、国は大きくかじをきろうとしているのは理解できます。

一つ目はAI(人工知能)がどんどんと人間に代わって仕事をしていく社会の到来を意識していること。

もう一つは
働く環境が日本人だけではなく、多くの外国人が入ってきてもいいように英語に力を入れていこうという考えがあること。

ここからは私の推論ですが、人工知能がどんどん取り入れられることで便利な世の中になるのは間違いありません。また、英語を話せなくても翻訳機能が発達しますから、結果的に日常生活において困ることはおそらくないでしょう。

本当の問題は、人が介在しないと成り立たない仕事(もちろんコミュニケーションスキルも含まれます)があり、その技術や能力の差によって生じる給与等の格差が、今とは比べ物にならなくなるのではないのか?ということです。


具体的には、
現在の労働人口の産業別割合を見ると、第一次産業5%、第二次産業25%、第三次産業70%となっていました。機械化というものが大きく貢献しているのは第一次、第二次産業で、これからは第三次産業でも大きく仕事の変化が見られていくと思うのです。


あまり想像したくないという方もいるのかもしれませんが、恐らくそうなってしまうでしょう。


ちなみに、
AIについての大いなる誤解があると思うのは、目の悪い人が眼鏡をかけるように、当たり前の便利さになって、生活の一部として存在しているものだと思います。レイ・カーツワイルではありませんが、私も20年ほど前にナノボット(ナノ単位のロボット)の読み物を目にして、便利な未来を想像することができました。

ナノ単位のロボットが存在できていない大きな理由は、ICチップのような回路が小型化できないのが大きな理由なだけで、技術的な問題ではあるものの、越えられる問題だと思っています。

そして、さきほどの続きで、
究極的には動機づけ、モチベーションはAIを用いて強制的に植え付けることはできても、自発的にはできないことですので(時計仕掛けのオレンジのような映画の世界)、人をやる気にさせる技術というのは重宝がられる仕事だと思われます。


頭がいい人というのは、何でもものを知っていて、その有益な情報を伝えるということではなく、相手の人がその人自身の知らないこと、できないことでも知ることができる、できるようになる、という様に、相手に情報の伝達ではなく、情報の変換を行える人のことだと思います。


実際の仕事で説明をします。原則的にどのような職種でもマーケティング活動を行っていないということはありません。因みに、マーケティングとは、
フィリップコトラーの言葉を借りれば、「人間や社会のニーズを見極めてそれにこたえること」といえます。そしてその活動を行う人のことをマーケッターといい、具体的には、市場の状況を見極め、ユーザーの動向を観察し、仮説を立てて新たな価値を生み出す仕事を生業にすることいえます。


どうですか?プロの仕事だと思いませんか?皆さんのお子さん、こんなことが簡単に出来そうですか?ちなみに、こんなことができる人って、サラリーマンの方なら年収ベースでいうと最低でも1000万円を切ることはなく、売れっ子コンサルタントとしても普通に通用するはずです。

難しい作業は仮説を立てて新たな価値を生み出すという所なのですが、市場の状況の見極めとユーザーの動向の観察の部分を、私情をなるべく挟まず、客観的に見てデータを取るというのも大切で、
此処の部分がいずれ人間の仕事からAIに取って代わられるのでしょう。もしかすると予測の部分までも人間より上になるのかもしれません。しかし、人間を動かすのは人間であるため、熱意、エネルギーの強さが結局人を動かす原動力であることは動かしがたい事実でしょう。


指導のその先、目指すべき人物像というのは、どんな状況でも生き抜ける人。

どのような状況でも生きていくためには、冷静な判断力、生き抜くバイタリティー、覚悟、精神の強さを育てていかなければなりません。

そうでなければ、相手や周りの環境に対して文句を並べるつまらない大人になってしまいます。

そこから自分の興味を持った分野で、働けるように、明聖塾はその土台作りのお手伝いをしていきたいのです。









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