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新居浜市の学習塾、明聖塾新居浜教室

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今後の教育に必要なキーワード

アクティブラーニング


アクティブラーニング文科省は脱ゆとり教育を掲げ、アクティブラーニングと呼ばれる、教育の強靭化をめざし、個人の自主性のもと、学習を能動的に取り組むようにと舵を大きく切りました。

簡単に学校の授業との関連で考えてみると、授業による知識の吸収の部分に関しては、一斉授業等で知識を習得するという手法から、徐々に学習ソフトを使って、自分の理解度に合わせたスピードと難易度でもって知識を獲得していくという学習方法に代わっていくことを示唆しています。

もちろん、ある程度の目安はあるものの、自分のスピードに合わせることによって、勉強する意欲のある子はどんどんと、勉強の苦手な子には個別に対応するといったことで、知識の取得による落ちこぼれ、浮きこぼれを極力なくしていくのが狙いのはずです。


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までの部分が、いわゆる受動的な学習といえますので、自分が獲得した知識をグループ討論、自ら体験、他の人に教えるという部分にどのように調整していくのかの問題はありますが、知識を応用して、自分のものにしていく活動であることは疑問の余地はありません。

こうなりますと、問題になっていくのが、学習を行う本人のやる気の問題、このことを解決しないといけません。



探求型学習


アクティブラーニングと並んで、探求型学習というのも注目されています。

どちらにも共通していえることは、能動的な学習意欲というものが土台となっています。

今まで行われてきた、受け身で授業を聴き、そこで得た知識を記憶して、その記憶した知識がきちんと覚えられているのかを確認する。減点法によるテストによって、偏差値を出し、その数値化されたデータをもとに進学先を決めていくというのが、従来の教育法でした。

一番の入り口である、能動的に知識を吸収するという所がそもそも大きな違いがありますが、そこで獲得していく知識というものの質に対して大きな開きがこの探求型学習を行っていくと顕著に表れます。

まず、受け身にせよ何にせよ、知識の吸収が行われるわけですが、それは生きていく上で最低限必要と思われるものを獲得していきます。その獲得していく知識は、人として自立していくための最初の出発としての能力を開発していくものと定義します。

次に、探求型学習というものは、その能力を開発していく知識を基にして、人間の知的好奇心にかかわる興味という部分を開発していきます。その興味の部分というものは際限がないため、もともとの動機が原則的に好きなものでなければ続きません。

その好きという気持ちが大きければ大きいほど、学習に対して能動的になれるのです。

この探求型学習という、なかなか数値化できない、ともすると評価するのが難しい能動的な学習が、後述するAI時代を生き抜くヒントになる筈です。

別の角度からのヒントとしては、獲得した知識をタスキ掛けすることでスペシャルな、傑出した能力になりうるということです。

知識の獲得の仕方を変えることにより、その後の人生に影響が生じるというのは過言ではありません。




動機付け(モチベーション)


動機付けには、大切な要点が二つあります。
取り組む動機に自分が気づくことと継続する力を身につけるということです。

まず、取り組む動機に自分が気づくことというのは、初めは受け身から始まる取り組みに対して、面白さや楽しさ、難しさを感じ、好奇心を忘れずに主体的に取り組めるように自分の心を高めることです。

そして、継続する力を身につけるというのは、やっていくうちに、だんだんと飽きがくる取り組みに対して、色々な理由をつけて心のハリの状態を維持していくことです。

どちらにも共通していえることは、スモールステップで成長が実感できるような自分なりの目標を設け、その目標に対して期限を決めるという前提が必要になります。

なるべく持続可能な状態を維持したいため、達成しやすい目標を置き、ひいてはそれが大きな流れとなって、高いハードルを越えていくようにならなくてはいけません。

私自身は、努力を通じて何かを成し遂げるという活動を考えてみる場合、頑張って、テンションの高めながら気持ちを維持するという活動は、非常に疲れます。

当たり前のことを当たり前のように淡々とこなしていく。平常心でもって、集中することを継続して行ける力を維持していくお手伝いを、弊社の商品である“太古の記憶”がその役割を担ってくれます。

その力を蓄え、大きな壁をまさに超えようとするときに、平常心で培った努力が結果としてあらわれていきます。壁を破れば、またさらに大きな壁が立ちはだかります。しかし、一度壁を破ったものは、またその壁を破ろうと努力します。どんどん壁を破って、最後に壁が破れないと感じた時に、初めて限界を破るためにどうするか、知恵が湧きます。

どのような結果になるにせよ、その知恵が湧く経験が、その人の財産となり、おそらくそれこそが教育の賜物と呼べるものではないでしょうか?

我々の塾のキーコンセプトは、“大人になったときにメシが食える”としています。
自分で何でも考えてみることが大切という教育を、動機づけを通じて提案しています。



探求型学習


愛知県に本社のある、株式会社名大SKYが開発した、学習教材がeduplus(エデュプラス、以下エデュプラスとする)といいます。

この教材はインターネット教材、つまりe-learning(以下イーラーニング)として使用できるため、いつでもどこでも学習をすることが可能です。

こちらの教材が優れているのは、まず、テキストに準拠して、テキストの中で教材の解法が展開されていくことが最大の利点です。そこで開放を教えてくれる先生の様子に目を奪われることなく、目の前で展開される教材の内容に集中できるため、深く理解が進みます。

先程、アクティブラーニングのところで目にしていただいたピラミッド図がありましたが、そこの20%の理解度を示していた視聴覚の部分がこれにあたります。

初めは、この受け身での部分から始まりますが、ある仕掛けによって自分から勉強する能動的な部分もこの教材は持ち合わせているため、非常に画期的であるといえます。

こちらの画期的な部分を、さらに飛躍させるために、勉強に入る前に行われる導入プログラム活動があり、こちらも誰もが取り組めるものとなっております。

まずは弊社の塾に来ていただいて、簡単に体験していただくと理解が進みます。

また、このエデュプラスという教材は、小学生全般(国語、算数は4年生から社会、理科は5年生から)、中学生全般(国語科目を除く、各教科書準拠)、高校生の英数教科、はたまた英検5級から2級まで幅広い教材です。教材は無段階、無学年のものもあり、先取り学習、反転授業としても有効です。

勉強に近道はないものの、効率よく勉強する方法は存在します。

これからの塾は、生徒のやる気を促し、環境を整えることを一番に考える。学習の場がどんなところであっても(学校であろうと、塾であろうと、図書館であろうと、自宅であろうと)生徒が同じように学習を行い、身につけた知識を発揮できる場を設け、学ぶ意欲をどんどんと増やしていく、そのための魅力的な教材がこのエデュプラスといえます。





お受験


子供達が最初の社会にむけて、扉を叩くきっかけの一つになるのが受験といえます。

受験で求められていることは、一言でいうと学力ということになりますが、そこには様々な能力が必要になります。

まずは、きちんと学んだ知識が獲得できているのかを確認する暗記力。

その学んだ知識と知識を掛けあわせることができるのかという応用力。

その応用力がきちんと相手に説明が出来るのかという論理力。

そしていろんな能力をきちんと継続して活かし続けることができるのかという脳の体力。

まだまだ必要な能力があるとは思いますが、とにかく、効率よくそれらの力を獲得していくためには、やはり学ぶべき順番や、ルーティーンが存在すると思います。

弊社の塾では、それら学ぶべきルールをなるべく早い時期に経験することで、子供たちが自主的に学ぶという体験を通じて大人になるための準備を、コツコツと円滑に行えるようにというコンセプトで“大人になったときにメシが食える”ことを目指しています。

少し話を変えて、受験についての誤解される点を競馬の例えで話してみたいと思います。

一般的に競馬の競走馬は馬齢2歳からレースを行い、3歳の時にクラシックと呼ばれる生涯一度しか参加することのできないレースで優勝出来る様に育てられます。雄馬を牡馬(ぼば)といい、雌馬を牝馬(ひんば)といいますが、牡馬の最高の栄冠はダービー、牝馬はオークスというレースとなります。

これを受験で例えてみますと、中学受験が馬齢2歳時に行われるG1レースの朝日杯フューチュリティステークス(牡馬)、阪神ジュベナイルフィリーズ(牝馬)。高校受験が馬齢3歳時に行われるG1レースの皐月賞(牡馬)、桜花賞(牝馬)。大学受験が馬齢3歳に行われる日本ダービー(牡馬)、オークス(牝馬)といったところでしょうか。

仮に、人生が大学受験によって決まってしまうというのなら、私も声を大にしてダービーを目指せといってしまうのかもしれません。また、子どもが論理的思考を早いうちから獲得している場合は、多少無理をしてでも中学入試(お受験)を経験させて、管理される環境か、自由で自主性を重んじる環境かは別としてトップ校と呼ばれる中学を目指すことで厳しい競争を勝ち抜くのもそれはいいことであるとは思います。

ところで、競走馬には早熟な馬もいれば、大器晩成型の馬もいます。競走馬としてのピークにどのように活躍できるのか、それは一頭一頭違います。

スプリント(1200b)に向いている馬はスプリンターズステークス、高松宮記念に照準を合します。ダート(砂地)のような足を取られる場を好む馬はフェブラリーステークス、チャンピオンズカップ、マイル(1600b)が得意な馬はNHKマイルカップ(3歳)、安田記念、マイルチャンピオンシップ、ヴィクトリアマイル(牝馬限定)等を目指します。

皆さんも聞いたことのある天皇賞春、天皇賞秋、宝塚記念、有馬記念、国際的なレースであるジャパンカップ、これは古馬(こば)と呼ばれる馬齢4歳以上の馬が中心となるレースです。

競走馬と人間を比較すると、レースに勝つということを主眼に置けば、人間も馬も適正に合わせたレースを選び勝ちに繋げる点は共通といえます。したがって、どうしてもこのレースに勝ちたいと思っていても適正の違うレースに、仮に参加できても勝つことは難しいでしょう。

無事これ名馬という、菊池寛が作ったとされる名格言があるように、まずはいつでもレースに出てそれなりの結果が出せる体力をつけ、自分の適性に合ったレースに勝つ。

大学受験までは、所謂ジェネラリスト的な要素が必要ではありますが、大人の世界では、もっといえば来たるAI時代ではやはりスペシャリスト的な要素がなければ勝ち抜けません。傑出した、揺るぎない強みでもって、AIをうまく使い自分の長所を生かす。そして、その長所はコツコツとした努力の積み重ねで獲得できるもののはずです。

単に資格といったものではなく、信用という目に見えないものが評価される。

体力をつけ、努力をし、適性に合った場所で勝負をする。

受験とは、所詮そのような通過地点としての結果の場として、きちんと捉えることができれば、変に一喜一憂することなく良い人生経験となる筈です。




AI時代


AIについて、漠然とした不安、希望を抱いている方が多いですが、そもそもどういった可能性が開けるのか?未来のことはわからないですが、恐らくこうなるであろうという漠然とした未来図を考えてみた場合に、皆さんは何を想像しますか?

私自身はAIを専門に研究している人と出会い、改めて人間の素晴らしさを確認することができました。

当たり前の話をします。

AIに動機は必要ありませんし、そもそも存在しません。与えられた問いや仕事に対して、その問題を解く、その仕事をこなす。ただそれだけです。

ただそれだけではありますが、ここに大きな問題が存在します。

与えられたことをこなすだけでは、AIに仕事を取って代わられるということです。

ここで少し時代を遡って説明をしたいと思います。

そもそも、近代化を目指した明治以降、西洋に追いつき追いこせの大号令のもと、大学の役割は、記憶、計算、模写(模倣)(まねるということ)の部分で知識を吸収していくということに主眼が置かれていました。模写のところに外国語の翻訳というのも含まれます。

しかし器用である日本人は追いついてしまった後には、今度は世界をリードしていかなければならないところをもっと専門的に、細分化をして高度な技術(ある意味職人的な)を身につけようとしました。また、日本の戦後の人口の増加にも助けられ、マーケットとして、日本国内だけで商売ができるという地理的要因も含めた、特殊な状況であったために、世界の中での立ち位置が、いつのまにか、ずれていってしまったのです。

しかし、大きな枠組みの中で、付加価値の低いものに関しては日本の優位性は低いものの、高付加価値、職人的な技術やモノに関しては、ある一定の評価を世界から受けています。

そのような付加価値を与えることができる人、またはそのような人やモノをマネジメントができる人がこのAI次代を担う人材になります。






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