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愛媛県新居浜市の学習塾・自立学習教室 明聖塾

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脳科学に裏付けされた明聖塾

明聖塾 技術顧問 伊川茂樹氏との出会い


塾を長年やっていると、従来の経験則の指導では解決できない問題にあたります。
今から20年程前、私もその壁を乗り越えることができなくなった時、
伊川茂樹氏と出会いました。

『困っている人を救いたいと思うあたたかい気持ちは誰でも持つことができるが、
それを実際に役立つようにするには、技術や工夫がどうしても必要』

この点に共鳴、共感して、伊川氏と長い付き合いが始まりました。

今まで、速音聴やディープリスニング、特殊周波数入り音楽“太古の記憶CD”等、
色々なソフトを作るのに協力を得てきましたが、今回、“復活 明聖塾”の技術顧問として、また、明聖塾の一員として協力、参加に至っています。


以前『月刊 INTERVIEW』という雑誌に掲載された彼のプロフィール等文章を載せておきます。
                             明聖塾 代表
                                大田 邦廣


伊川茂樹氏について

伊川茂樹氏
社会福祉と電気工学を学ぶ

――伊川さんは何年のお生まれですか。
【伊川】昭和31年です。父親は音楽の教員でした。僕には姉が1人いますが、彼女もまた教員(家庭科)をしています。僕は生まれる時に難産でしてね、へその緒が首に巻きついて 脳への血行が止まってしまったんです。その後遺症で僕は重度の脳性小児麻痺になり、言語 と右手右足の機能に障害をかかえることになりました。

昭和51年に西条高校の普通科を卒業後、母親のたっての希望で日本福祉大学(社会福祉学部)に進みました。でも僕は電子工学を学びたかったので、名古屋工学院専門学校(電子工学科) にも入学しました。だから昼間は大学に、夜は専門学校に通うというダブルで勉強しました。 お陰で現在は、その両方の勉強を仕事に活かせています。      


伊川茂樹(いかわ しげき)プロフィール

 1956年 愛媛県西条市で生まれる 
 1972年 西条市立北中学校 卒業 
 1976年 愛媛県立西条高等学校 普通科 卒業 
 1980年 名古屋工学院専門学校 電子工学科 卒業 
 1982年 日本福祉大学 社会福祉学部 卒業 
 2005年 大阪芸術大学 通信教育学部 放送学科 卒業 
 
受賞歴
 
 1993年 財団法人日本宇宙少年団より特別賞(社会福祉貢献) 
 1994年 日本アマチュア無線連盟 表彰(無線技術の福祉利用) 
 2004年 西条ロータリークラブ 表彰(理科教育) 

創作中の伊川茂樹氏


失われた言葉で意思を伝える発明

――伊川さんは発明家としても障害者用の色々な装置を開発していらっしゃいますが、ずいぶんたくさんありますね。
【伊川】いや、僕は発明家といわれるよりも、音楽ディレクターと呼ばれる方が嬉しいです。 僕の発明は音に関するものばかりですから。

――では、伊川さんの開発なさった装置の説明をお願いします。 先ず、昭和61年に「視覚障害者用の音声機能付きタイプライター」を開発なさっています。これは、いわゆる喋るタイプライターですか。
【伊川】そうです。僕の最初の発明です。目の不自由な人でも、自分で文章を編集しながら自由に手紙が書けるように工夫したパソコン・ソフトです。 発明した当時、お喋り機能のソフトは既にありましたが、言葉の編集はできませんでした。

そこで僕はパソコンに特殊なソフトを付けて、タイプで打った言葉を声に出して読んでくれた上に編集もできる装置を作ったんです。 キーボードをアイウエオ順に並べ替え、点字も貼り付けました。

――この装置の特許は取りましたか。
【伊川】取れませんでした。 特許申請準備中にアッという間に後から追随してきたメーカーに先に取られてしまいました。個人での特許申請は煩雑でとても難しいんですよ。
だから、次からの発明は特許を申請する前に、先ず新聞に出してもらうようにしました。僕の発明であることを明確にできますからね。

――次に開発なさったのは平成2年の「呼吸器障害者用の意思伝達装置すぴーくへるぱー」ですね。
【伊川】これも同じようにパソコンのキーボードを押せば声が出る装置です。気管の切開手術を受けて声を奪われた川之江の高校生のことを新聞で知りまして、何とかしてこの少年に言葉を復活させてあげたいと思って作りました。片手で操作が簡単にできるようにし、例えばキーボードを「みず」と押せば「水を下さい」と声が出るようにナースコールなどの言葉の短縮機能も付けました。

更に病院内の心電図などに電磁波障害を及ぼさないように、当時出たばかりの赤外線キーボードを使ってパソコンを遠くに置いたまま操作できるようにしました。この装置は、声に出して表現できない人が、言葉で意思表示が可能だというので大変喜ばれました。




会話を手伝う「すぴーくへるぱー」発明
     
――平成5年には「片手で操作できる会話支援装置」を開発していますね。
【伊川】これも「すぴーくへるぱー」の一種です。口と手が不自由だけど、足だけは少し動く人のために開発しました。発声機能を付けたパソコンに、わずかにしか動かない足でも画面のカーソルを操作できる足踏み型のコントローラーを付けた装置です。

足を前後に動かすだけでカーソルの上下左右の移動と決定が簡単にできます。言葉の短縮機能も五百まで登録できるようにしました。

これは西条市内の高校生4人と一緒に造った装置で、国際宇宙少年団機構の国際コンファランス(韓国)で発表しました。この年、僕のことが科学技術庁発行の英語版の雑誌『サイエンスアンドテクノロジー・インジャパン』に載りました。

――西条市内の高校生たちと開発した装置は他にもありますか。
【伊川】5人の高校生と平成7年に開発した「唇の動きを感知する会話支援装置」があります。パソコンに発声機能のソフトと光センサーをつなぎ、口も手も足も不自由な人でも唇をちょっと動かすだけで会話ができる装置です。

画面の上を動くカーソルが、選びたい文字や記号の上へ来た時に唇を動かすと、光センサーがそれをキャッチしてパソコンが発声するという仕組みです。これも国際宇宙少年団機構の国際コンファランス(北京)で発表しました。

また平成9年には、他人には話す声が聞き取りにくい言語障害者のために「音声明瞭化装置」を開発しました。言語障害者本人には自分の声が明瞭に耳を伝わっていますので、先ずその声を喉にあてた骨伝導マイクで拾います。その拾った声からステレオのカラオケ機能を使って「こもった音」をカットし、子音部分を強調して明瞭な声にするという仕組みです。

デジタルを全く使わないアナログ機器ですから世界中どこでも使えますし、またコンピューター・ボイスもつかわないのでどこの国の言語でも対応できます。

アメリカのNASAの関係者がこれを大変高く評価してくれました。これも、同じく国際宇宙少年団機構の国際コンファランス(上海)で発表しました。


バリアフリーコンサートイオンモール新居浜

――伊川さんは難聴の高齢者や聴覚障害者のために、「バリアフリー・コンサート」を開いていらっしゃるそうですね。
【伊川】はい。現在はピアノ演奏だけですが、イオンモール新居浜で4年ほど前から何回か開いています。 僕が平成4年から研究してきた独自のバリアフリー化技術を応用したもので、耳が聞こえなくても肌で音楽を聴いてもらえるコンサー
トです。

恐らく日本初のバリアフリー音楽の試みだと思っています。 耳がほとんど聞こえない百歳のお婆ちゃんが「よく聞こえるよ」と言って喜んでくれました。とても嬉しかったです。

――肌で音楽を聴くとは、どういうことですか。
【伊川】実は、耳には聞こえないけれども肌には感じるという音があるんです。直接に耳には聞こえない音域の音も、 人は誰でも肌に細かい振動を感じて感動しています。ただ耳で確認していないだけです。

――我々普通の人の耳には聞こえないその音を、伊川さんは聞くことができるのだそうですね。
【伊川】普通の人の耳で聞き取れる音は、若い人で20ヘルツから20キロヘルツ迄の周波数帯です。でも僕の場合は、それをある程度超えた音域でも直接に耳に聞き取れます。

僕は生まれた時から障害を持っていましたので
中学1年の時までずっと寝たきりでした。だから、全ての情報は耳で聞くしかなかったんです。そのため父親の足音とか、母親の包丁の音とかで両親の心の状態が分かる様になりました。

毎日のその積み重ねで、音を聴く訓練が普通の人以上にできたのでしょうね。そのために僕の耳の感度が良くなったんだと思います。



肌で感じる音を録音する

――そもそも、人間と音の関係はどうなっているのでしょうか。
【伊川】私が感じているところでは、自然界にある風の音や水の流れる音は、本当は40キロヘルツくらいの超音波です。大昔の人間は、それらの超音波を現代の我々とは違って普通に聴いていたのです。

しかし、文明の発達で人工的な音に囲まれた生活をするようになってきてから、人間の聴力は衰えてきました。 それにつれて脳の情報処理能力が低下し、集中力やその他の能力も後退しました。

最近の統計では、ゲーム機の音を聞いている子供たちは明らかに情緒不安定になっているそうです。 彼ら聞いている音の幅は実に狭くなっているのです。

――伊川さんがコンサートで発生させた、肌で感じるバリアフリー音楽は録音できるのですか。
【伊川】いいえ、普通のCDではできません。CDは人の耳に聞き取れる20ヘルツ〜20キロヘルツの音域以外の低音・高音域は機械的にカットしているからです。でも、録音する方法はあります。

―それは、どんな方法ですか。
【伊川】音の成分の中に含まれている「倍音」、つまり音のひずみ(歪み)を使うんです。

倍音は幽霊みたいなもので、普通に音を聴いても認識できません。倍音は基本になる音の周波数の倍の周波数を持つ音ですから、例えば12キロヘルツでレベルオーバーを起こすと24キロヘルツの所に信号が出ます。

僕はこの音を録音するヒントを宇宙物理学者の佐治晴夫先生にいただきました。佐治先生はかつてNASA(米航空宇宙局)のボイジャーに、地球外生命体に見つけてほしいという理由でバッハのプレリュードを積んだのですよ。


――その録音した音は、私たちは体全体では聞いていても、耳には音として認識できないというわけですね。
【伊川】はい、そうです。でも僕にはわかります。



音は人間の衰えた能力をもとに戻せるか

――現代社会から隔離された自然の中で耳を澄ますと、心の癒し効果があるといわれます。それは音と密接に関係があるのでしょうか。
【伊川】僕は、現代の人間が抱える問題は、ほとんどが音の問題だと思っています。僕は、肌に感じる大昔の音を人に聴かせることで脳を目覚めさせ、音以外の衰えた能力をもとに戻せるはずだと思っています。

だから多分、僕の録音した音を聴くと人間は昔の野生に戻りますから、動体視力も良くなるはずです。実際にスポーツ選手に何人か試してみました。

例えばヤクルト・スワローズの宮本慎也選手には、僕の音を聴いた後でバッティングしてもらいました。すると、ボールの縫い目が見えたと言うんです。「何でかなぁ?」と宮本選手は首をかしげていました。


――優れた動体視力がないと速球はそう簡単には打てないですからね。
【伊川】それに、外国人が早口でペラペラ喋る英語もゆっくり聞こえます。脳の回転が速くなるからです。このことは、もしかしたら医療面などに大きな可能性があるかもしれないと思っています。

――では、物覚えが悪くなった人にも効果があるでしょうかね。
【伊川】さあ、それは試したことがありません(笑)。

作曲家の三枝成彰氏と伊川氏、スタッフとともに



東京でバリアフリー・コンサート

――伊川さんは昨年(2010年)8月18、19日の2日間、 東京国際フォーラムで開催された「はじめてのクラシック〜中学生・高校生のために〜」というコンサートに、バリアフリーの音楽ディレク
ターとして参加なさったのですね。

【伊川】はい。このコンサートは若い人たちに
本物のクラシックを千円という安い料金で楽しんでもらおうと、作曲家の三枝成彰さんが企画して平成19年から続けている本格的なコンサートです。

僕がある人に紹介されて三枝先生にお会いした時にバリアフリー音楽のことを話したら、「聴覚障害のある皆さんにも音楽を聴いていただくという発想がとても面白い。やりましょう。」とすぐにOKしてくれました。

こんな日本有数の大きなホールで難聴者のためのコンサートが開かれるのは初めてだそうです。今回の演奏テーマはモーツァルトでした。


――聴衆は何人くらいでしたか。
【伊川】一日で約5千人も入りましたが、その中で難聴者の方々の席は50席で満杯でした。

――バリアフリー音楽には大がかりな装置を使ったのですか。
【伊川】いいえ、そんない大がかりな仕掛けではありません。スピーカーを椅子の下に6本置いて、鼓膜ではなく体や皮膚で感じる音を作りました。その仕組みを簡単に言いますと、音の唸り現象を使うんです。

例えば、片方に111ヘルツの音を出すスピーカーを置き、その反対側には100ヘルツの音を出すスピーカーを置きます。すると、両方のスピーカーの真ん中の空間で11ヘルツの重低音が発生します。これが肌に感じる周波数です。この現象自体は簡単な原理ですけど、こういう音の発生を考えた人は今までおりませんでした。

東京国際フォーラム「はじめてのクラシック」会場にて
――最も気を使ったのはどんな点でしたか。
【伊川】一番難しかったのは、難聴者用に出す音が、健聴者の聞いている音楽に違和感を与えないように調整することでした。距離を測って音空間を決め、何回も実験しました。

その結果、2日間でほぼ1万人入った聴衆には全く違和感
はなかったそうです。コンサートの途中で三枝先生ご自身
が僕のことを聴衆に紹介してくれましてね、僕はスポット
ライトを浴びて、もう恥ずかしくて恥ずかしくて(笑)。

――聴衆の皆さんからはどんな反応がありましたか。
【伊川】96パーセントの人が「またやって下さい」と言ってくれました。

――今年も「はじめてのクラシック」でバリアフリー音楽をやろうという企画はあるのですか。
【伊川】今のところ、その計画はありません。スポンサーの関係が難しいのです。今回もスポンサーを説得するのが大変だったそうです。 こんなフルオーケストラに、コーラスが200人もつく大きなコンサートは残念ですがそう簡単にはできません。

でも、新居浜市内では、僕のボランティアでできる範囲の小さなコンサートを今年の春休み中に計画しています。また、もっと大きなコンサートも、今年中に地元でやりたいと思っています。



聴力の回復を促す期待のソフト

――最近開発した新しい音のソフトは何かありますか。
【伊川】最近僕は、ある特殊な音を聴くと補聴器を使わなくても耳の機能がアップするという音を見つけまして、 今特許を申請しています。その音というのは普通の音源の子音部分にある加工を加え、わざと聞きづらくした音です。

その聴き取りにくい音を難聴者に聴かせることによって、 耳に余分な負荷を与えて聴き取る能力をレベルアップさせようというのです。マラソンランナーが高地でよくトレーニングしますが、その理由は空気が薄い高地では体に負荷がかかって 脚力がアップするからなんです。あれと同じような状況を耳にも与える訳です。

そういう衰えた聴力の回復を促す効果が期待できる「ディープリスニング」というソフトを開発しました。


――今現在、開発中の装置はありますか。
【伊川】新時代の補聴器です。もう半分くらいはできていますが、 極端に騒々しくて相手の声を聞き取れない場所でも会話ができる補聴器です。

普通のイヤホンをするだけなのに、聴きたいと希望する一定方向の音しか聞こえないというものです。 それも、指向性のガンマイクを使わずにです。電気的に左右のイヤホンのバランスをうまく取って同じボリュームの音だけを拾うんです。自分が顔を向けた方向の音だけを拾い 、あとの音を消しちゃうんです。




夢はFMコミュニティ放送局

―――伊川さんは聴覚分野だけでなく、視覚分野でもユニークなことをなさっています。 「高齢者用のバリアフリーアート展」を開催されましたね。
【伊川】はい。誰でも年を取ると色の見え方が違ってきます。そこで、コンピューターを通すと、 高齢者が若い時に見たのと同じ鮮やかな色を見ることができるパターンを作ったんです。伊川氏の作品(油絵)
――伊川さんご自身も絵を描かれるのですか。
【伊川】少しは描いています。写真もやりますよ。

――発明や開発の他に、伊川さんには何か夢があり
ますか。

【伊川】一番大きな夢はFMコミュニティ放送局を立ち上げることです。 それも公共放送のミニチュア版ではなく、全く違った発想の放送局です。そのため
に僕は、コミュニティ放送の免許資格である第二級陸上無線技術士という無線従事者免許証を持っています。

僕は放送関係の勉強をしたかったので、6年前の平成17年に大阪芸術大学の放送学科を卒業しました。 高校時代には放送部に所属していましたし、日本福祉大学でも放送研究会に所属していましたし、とにかく放送関係の仕事には大きな夢を持っています。




どんな困難でも後には退かない

――それでは最後に座右の銘を教えてください。
【伊川】「媚びない、退かない、諦めない」です。 僕にとって発明や開発の喜びは誰も知らない、誰もやったことがない事実を発見できることです。だから、たとえどんな困難な問題が起きようとも、僕は後に退きません。

途中で諦めたら何もできませんからね。いろんな可能性を考えて苦しめば、きっと何らかの光明が見えてくるんです。ある人に言われましたよ、「あんたは執念深いなあ」と(笑)。


――とにかく諦めずに徹底して考え抜くことですね。
【伊川】そうです。八方ふさがりを十六方で考えるんですよ(笑)。

――お忙しいところを長時間、有難うございました。



            地方雑誌『月刊 INTERVIEW』2011年3月号(発行:ナレーション)より抜粋



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